「戦争と図書館」
図書館九条の会世話人 大澤正雄
◇私立図書館を中心とした図書館令の改正 (2005年10月1日)
1933年の私立図書館を中心とした図書館令の改正が、戦時統制の一環としての、言論・出版統制であったと前述(「戦争と図書館」HP,7月)したが、どのように改正されたかをつぎに述べる。
改正当時、多くの新聞報道は、図書館令の改正が、「職員の待遇を改善する」「全国図書館を充実する」と報じた。ごく一部の新聞は、「図書館に全国的統制」(東京朝日、昭和8年4月2日)と報じたが、それは例外といってよかった。
33年の改正以前の「令」は、全文六条の法三章的のものであり、図書館の設置廃止の認可については、公立のみを認可とし、私立図書館は、地方長官に開申(報告)という簡素なもので、統制的規定は以上の他皆無といってよかった。これを、改正「令」は、私立図書館も地方長官の認可を要することとし(「令」第7条)、私立学校令第1条、第3条、第7条及び第10条乃至第12条の規定を準用すると規定した。
すなわち、私立学校令第1条は、私立学校(私立図書館)は地方長官の監督に属することを定め、第3条は、私立学校(私立図書館)は、校長(図書館長)もしくは学校を代表し校務を掌理する者を定め監督官庁の認可をうくべきことを定め、第7条は、校長(館長)または教員(職員)にして「不適当ナリト認メタトキハ」監督官庁がこれを解職し、またはその認可を取消すことができるとし、第10条は、つぎの場合は私立学校(私立図書館)を監督官庁が閉鎖できるものとした。@法令の規定に違反したとき A安寧秩序を紊乱し又は風俗を壊乱するおそれのあるとき B六カ月以上規定の授業をなさざるとき C法令の規定により監督官庁のなせる命令に違反したとき。さらに予算決算会計上の届出義務を課し、また中央図書館制度による中央図書館長の視察をうけ、監督、指導をうけることとなった。ここにおいて私立図書館は、完全に権力機構の末端に組み入れられたといってよい。
当時この措置に対し、図書館界の公然たる批判・反論は見当たらない。たとえあったにしてもおそらく図書館大会などの場で批判することは、不可能な時代に入っていたのであろう。三・一五事件直後の全国図書館大会まではまだ自由な空気が残っていた。文部大臣の諮間事項「輓近我ガ国ニ於ケル思想ノ趨向ニ鑑ミ図書館ニ抄テ特ニ留意スヘキ事項如何」に対し、大会決議案として「検閲強化」を推進すべき案が提案されたが、財団法人六行会経営の品川図書館長村林彦之らは、敢然としてこれに反対の論陣を張った。
しかし、その後、四・一六事件、満州事変と激しい軍国主義化への推移のなかで、館界自ら言論の自由を狭めていった。
33年以後、私立図書館が本規定に抵触し、認可を取消されたり、あるいは館長・職員が解職されたりした事例は、審かでないが、この措置が治安当局の出版弾圧とともに、陰に陽に図書館活動を規制したことは疑いない。
この間の事情を推測するひとつの新聞記事がある。
1934(昭和9)年1月16日の大阪毎日のつぎの記事である。
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丸亀市会で反図書館熱
思想書籍が因
丸亀市図書館の閲覧図書中に思想的にいかがわしいものが多いという理由で問題を惹起し、二一日午後三時から招集の初市会で斉藤市視学から「疑問の図書は河上肇博士の『唯物史観』、高畠素之著『マルクス十二講』、『マルクス経済学』、恒藤恭著『マルクス主義根本問題』などであった」と閲覧図書調査の結果を報告するや、宮井、新名、芥、宮武各市会議員は「怪しい思想を吹き込む図書館は速かに閉鎖せよ」などと一せいに図書館および永井館長攻撃をはじめたので、反図書館熱は全議場にみなぎったが、この結果として丸亀図書館の内容改造か、市営移管はもはや止むを得ないものと見られるに至った。 |
この記事で注目すべきことは、「怪しい思想を吹きこむ図書館」の改善策として、「市営移管」が叫ばれていることである。天皇に対し「忠実・無定量の義務」を負った戦前の官公吏である図書館員が運営する公立図書館なら、よもやこのようなことはあるまいということなのであろうか。この記事の文章は戦前の公私立図書館の性格をいみじくも描きだしたものとして私には興味がある。
戦時中、公私立図書館から、社会科学・宗教・哲学書をはじめ、多くの図書・雑誌類が過去に遡って没収され、削除され、あるいは図書館側の自己規制により閲覧禁止の処置がとられたことは、周知のことだが、言論出版弾圧の「とどめ」が図書館であり、私立図書館であったことを忘れてはなるまい。
とくに私立図書館が公立図書館に比し、厳しく取締まられたことは、戦時中の坪谷善四郎氏(大橋図書館長)の言によっても明らかである。坪谷氏はつぎのように述べる。
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──然るに近来はまた思想犯取締が厳重になり、其れには曽つて明治三三年三月一〇日法律第三六号治安警察法第一六条「街頭其他公衆の自由に交通することを得る場所に於て文書、図画、詩歌の掲示、頒布、朗読若は放吟又は言語形容其の他の作為を為し其の状況安寧秩序を紊し若は風俗を害するの虞ありと認むるときは警察官に於て禁止を命することを得」とある正文に依り、最近に官公私立の各図書館及学校附属図書館に対し、相当広範囲の図書にして、従来発売頒布に毫も差支無かりしものに対して指定し、官公立図書館は公衆に閲覧せしむることだけを禁じ、其の図書は其の館内に保存を許すも、私立図書館の分は、一切自発的に警察署へ差出すべきことを命ぜられて居る相だ。 |
坪谷はこの文章のあとで、重箱の隅を楊子で掃除する当局を暗に批判し、つづいて館員の言葉を借り、つぎのように述べる。
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──唯だ官公立図書館ならば、公衆の閲覧を禁じ、自ら奥へ仕舞ひ込めば其れで宜いが、私立図書館の蔵書は、設備の如何を問はず自発的に警察に差出す様にせよといふことが如何なるものであらうか、尚ほ其上に、差出した上は焼棄せらるるであらうなどと聞くと、後世に残すべき文献が消滅し、取返しがつかぬことになるので、願はくは興福寺の五重の塔の如く、危くも助からんことを祈ると、同館員は心配して居た。(坪谷水哉「擂粉木の重箱掃除」『図書館雑誌』第37年第7号昭和18年7月) |
戦局の苛烈化に伴い国公立図書館からも、図書は没収されていくのだが、坪谷のこの文章は、公私立図書館に対する当局の取扱いの差別についての抵抗をこめての証言である。(清水正三著『図書館を生きる─若い図書館員のために─』日本図書館協会 1995.10 P.273-277)
以前の記事はこちら
◇戦時中の児童図書館 (2005年9月4日)
◇私立図書館に対する統制 (2005年8月1日)
◇図書館令改正のねらい (2005年7月1日)
◇昭和八(一九三三)年(2005年6月1日)
◇図書館記念日(2005年4月30日)
◇滝川事件と京都古書籍組合の抗議(2005年4月1日)
◇書庫から発見された新聞切抜帖(2005年2月26日)
◇迫りくる戦争と図書館 (2005年2月3日)
◇ 戦争の波が押し寄せる東京市の図書館 (2005年1月16日)
◇「戦争と図書館」の成り立ち (2005年1月15日)
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