「戦争と図書館」
図書館九条の会世話人 大澤正雄
(2005年12月1日)
戦争が熾烈になってくると、言論弾圧も強化され検閲は厳しさをました。
前月号で「抵抗の図書館人」を紹介したが、当時の気概のある図書館人はそれぞれの立場で抵抗をこころみた。当時(1943〜1945)清水正三は深川図書館に在籍していたが警察や特高との経過を次のように記している。 ◇本の牢獄
深川図書館は、昭和の初頭に建築された三大市立図書館のうちで、現存している唯一の図書館である。三大市立図書館とは、日比谷図書館を除き、駿河台、京橋、深川図書館の三館で、いずれも鉄筋コンクリート造り三階建であった。同館は、日本では比較的早く鋼鉄製積層式の書架を採用したが、その書庫の二階の奥に倉庫があった。倉庫は隣接の清澄庭園と接し、いつもしっとりとした感じが漂っていた。床はコンクリートであったが、その室の隅に、鍵のかかった長方形の木製の長びつがあった。その箱は、あたかも古墳のなかの棺のようた感じを与えた。その箱が何であるかを知ったのは、その図書館に勤務して間もなくであった。それは、「保留図書」を入れておくための格納箱であったのである。いわば本の牢獄であった。
その後、私はそこの図書館から召集され、一年半後に除隊して再び同館に戻った。若い人たちは大方戦線に赴き、図書館には老人と女子が残されていた。自然私は責任者のようたかたちで、館の運営にあたっていた。昭和十九年の秋ころであったか、ある日、警察から特高係の刑事が二名来館し、保留図書の提出方を申入れてきた。いままで、保留図書の事務は扱ってきたが、これらの図書を警察へ引渡すことについては、私は何となく疑問を感じたので、会計上の問題を理由にして断わった。
くわしい、いきさつは忘れたが、後日私は警察へ出頭して、そこで「請書」というものを書いて、保留図書は元通り館で保管することにした。数日後、上司の日比谷図書館の中田(邦造)館長にその件を報告したところ、日比谷図書館で保管するからということになり、保留図書を大八車に積んで運んだことを記憶している。しかし、それらの図書は、昭和二十年五月二十五日の空襲により、日比谷図書館の建物とともに焼失してしまった。
図書館における図書の没収や保留処置は、戦時下における出版統制の止めを刺すものであったといいえよう。
特定著者への執筆禁止
権力機関は、資料の流通面を規制するのみでなく、昭和十三(一九三八)年には、特定著者の執筆を禁止する措置をもとった。
黒田秀俊著『知識人・言論弾圧の記録』(白石書店、一九七六年)によれば、昭和十三年二月一日、人民戦線派の第二次検挙が行われた直後、「内務省は〈今回検挙されたものの原稿は、その内容の如何を問わず、雑誌その他の掲載を禁ずる〉と各社に通告してきたが、警保局図書課長大坪保雄氏は、さらに、各社の編集責任者をまねき、〈人民戦線派の共産主義運動は、今回の検挙をみてもわかるとおり、合法舞台を百パーセントに利用しているのであるから、われわれとしては、今後、人民戦線派と判定する寄稿家については、取締り上、論文はもとより、随筆、紀行文、映画批評の類にいたるまで、その種の意図をもって書いたものとみて、雑誌その他の掲載を禁止する。編集者が情を知ってこれを掲載した場合には、行政処分はもとより、ある程度の司法処分をおこなうかもしれない〉と宣告した」という。執筆者・出版社への弾圧、そして既刊書については図書館の蔵書に対する閲覧禁止・没収等を行い、政府はここにおいて、国民から完全に読む自由、知る白由を奪ったのである。
館史にのこる戦時の記録
これに対して、ほとんどの図書館は無関心・無抵抗であった、ただ少数の図書館は、後日のためにこのことを詳細に日誌に記録した。例えば、財団法人上伊那図書館の日誌によれば--
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昭和八年十月三日 伊那警察署林恵氏来館発売禁止図書調査ノ結果、神ノ救ヒ・和解・創造、何レモ明石順三訳ノ三部該当セシヲ以テ「法規上同署二保管」スベク要求セシヲ以テ同氏二渡ス
同年十月五日 伊那警察署林恵氏来館「神ノ立琴」発表禁止ノ通知アリ
昭和九年一月十七日 林巡査来館発売禁止図書調査ノ結果該当書ナシ
同年七月十七日 伊那警察署ヨリ発禁通知
昭和十年四月十一日 林刑事来館「逐条憲法精義 美濃部達吉著」ヲ発売禁止ノ由ニテ差押ヘル
昭和十一年六月二十七日 伊那警察署員二名来館図書検査ヲ行フ
昭和十五年七月十日 伊那警察署特高係東川広太郎氏他二名〔図〕書調査ノ為来館下記図書没収 ○マルキシズムノ擁護一冊 ○嵐の音 大山郁夫一冊 ○ロシア大革命史一冊 ○日本資本主義発達史一冊 自発的二提供セシモノ ○支那問題講話一冊 ○マルクス主義宗教論一冊 ○ソヴエトロシアニ於ケル宗教間題一冊 ○マルクス主義ノ旗ノ下ニ三冊
昭和十六年四月六日伊那警察署ヨリ係官出張図書調査ノ結果「マルクス・エンゲルス全集」外三十一冊没収。検閲ノ結果新二発売禁止ニナリタルニヨルモノナリ
昭和十七年八月八日 図書検閲制度ノ強化ニヨリ新二禁止ニナリシ図書ヲ著者名ニヨリテ摘出提出スル様伊那警察特高課ヨリ要請アリタルニヨリ、本日右著者二該当セル図書計五十冊ヲ本館図書ヨリ除籍提出セリ
昭和十九年八月二十四日 伊那署特高主任清水警部補及特高情報係梅田巡査来館 日本地理風俗大系 防諜上公開禁止ニツキ全冊提供セラレタキ旨通達アリタリ
同年同月二十六日 荒井区受持巡査岩崎氏公開禁止ノ日本地理風俗大系全三十冊伊那署へ持参方依頼シテ帰ヘル
同年同月二十八日 日本地理風俗大系 三十冊伊那署へ供出(『財団法人上伊那図書館三十年史』昭和三十五年) |
財団法人上伊那図書館は、昭和五年創立の私立図書館である。没収された図書から推察しても、平均的公立図書館と比較してかなり自由ですぐれた図書選択を実施していたようにうかがわれる。(『戦争と図書館』P.73〜77)
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◇抵抗の図書館人(2005年11月1日)
◇私立図書館を中心とした図書館令の改正(2005年10月1日)
◇戦時中の児童図書館 (2005年9月4日)
◇私立図書館に対する統制 (2005年8月1日)
◇図書館令改正のねらい (2005年7月1日)
◇昭和八(一九三三)年(2005年6月1日)
◇図書館記念日(2005年4月30日)
◇滝川事件と京都古書籍組合の抗議(2005年4月1日)
◇書庫から発見された新聞切抜帖(2005年2月26日)
◇迫りくる戦争と図書館 (2005年2月3日)
◇ 戦争の波が押し寄せる東京市の図書館 (2005年1月16日)
◇「戦争と図書館」の成り立ち (2005年1月15日)
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