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「戦争と図書館」

図書館九条の会世話人 大澤正雄

昭和八(一九三三)年  (2005年6月1日更新)

前年のリットン報告*を受けて、満州からの日本軍徹退を勧告した国際連盟に対し、日本軍は山海関、熱河省にも進攻を開始。
三月には連盟を脱退し、日本は国際的孤立にむかって決定的な歩みを始めた。
野呂栄太郎らによる『日本資本主義発達史講座』が完成し、マルクス主義の方法による社会科学が定着した時代であったが、国民を軍国主義にかりたてるために、「非常時」の名のもとに言論・思想の弾圧はいっそう強化された。
小林多喜二の虐殺、長野の「教員赤化」事件、滝川事件など、治安維持法による検挙者は四二八八人にのぼった。小学校の国定教科書が改訂され、初のカラー版国語読本「サイタサイタサクラガサイタ」が登場したが、内容は修身・歴史を中心に「国体」観念を強調するものとなった。
古川緑波・徳川夢声らの"笑いの王国"が浅草でスタートした。
(『戦争と図書館』P.160)

*リットン報告と国際連盟脱退
 1931年9月18日、日本の関東軍参謀らによる奉天郊外柳条湖(「柳条溝」と過って伝えらてきたが、正しくは「柳条湖」)の満鉄線路を爆破、関東軍は「自衛」と称してただちに軍事行動を開始し、19日に奉天、長春など満鉄沿線の諸都市を占領した。さらに、21日、関東軍の要請をうけた朝鮮駐屯の日本軍の一部が国境を超えて満州に出動した。(中国東北部侵略=満州事変、柳条湖事件)
1932年3月1日関東軍は満州国の建国を宣言。
執政に清朝最後の皇帝溥儀を起き、年号を大同と定め、首都長春は新京と改名した。独立国の形をとったが、日本の傀儡国家だった。10月2日には、日本からの第1次移民が東京駅を出発した。(満州国建国を宣言)
 同年4月:中国国民政府の提訴をうけた国際連盟は、イギリス代表のリットン卿を団長に5カ国からなる調査団を派遣。
10月に報告書を公表し、柳条湖事件(1931年)は日本の軍隊と文武官憲の活動によるものであると断定した。

日本、国際連盟脱退
1933年2月14日、国際連盟の19人委員会はリットン報告書(1932年)を採択し、「満州国」不承認を全会一致で可決。 24日、連盟総会で賛成42、反対1(日本)、棄権1(シャム)で「報告書」が採択されると、日本代表団は議場を退場した。
3月27日に外相が連盟事務総長に脱退を正式に通告した。日本は「世界の孤児」となった。
その後、外務大臣 松岡洋右は代議士となって、衆議院本会議の代表質問で「満蒙問題は、私は是はわが国の存亡に関わる問題であり、我が国の生命線であると考えている」と発言した。(日本の生命線)


日満教育文化協会設立総会
  十二日一ツ橋教育会館で
今回水野錬太郎、鎌田栄吉、永田秀次郎、文部省の各局長、武藤大将、小磯中将、林博太郎、鄭孝胥、臧式毅、煕洽、駒井徳三、許汝菜、西山政猪の諸氏を始め多数の日満教育関係者発起人及び賛成人となり日満教育文化協会を創立する為、来る十二日一ツ橋教育会館に於いて創立総会を開催し正式に決定さるる事となったが、同協会は教育文化の機関を通じて日満両国民の親善融和、日満教育文化関係者相互の視察懇親、日満教育文化の制度並びに施設の調査研究助長を図る目的を達成する為

一、教育文化関係考の相互視察
一、学生、生徒、児童の交歓
一、文化事業の調査研究鞭告の発表
一、講演会、講習会の開催
一、機関雑誌の刊行
一、学校図書館等の教育文化事業の経営

その他日満両国政府の教育文化政策と協調連絡を計る諸般の施設事業を行なうのであって、これが事務所は一ツ橋教育会館内に置く予定である。(一月十日、都新聞)(『戦争と図書館』P.161)

 

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迫りくる戦争と図書館 (2005年2月3日)

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