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「戦争と図書館」

図書館九条の会世話人 大澤正雄

話はさかのぼって昭和三年(1928)年の図書館大会のことにふれなければならない。
この年は、三・一五事件(筆者注;共産党・労農党大弾圧事件=小林多喜二の小説『1928年3月15日』参照。)のあった年であった。
余談;
小林多喜二は1933(昭和8)年2月20日赤坂で特高に逮捕され当日築地警察署で虐殺された。この築地警察署の留置所の路地を挟んだ向かいが、後に清水正三が館長をした京橋図書館の児童室であった。清水が京橋図書館の館長の時代(70年代前半頃)に築地警察署が解体されたとき、清水は小林多喜二が虐殺されたといわれる剣道場と留置所を写真に残している。

私立図書館に対する統制 (2005年8月1日)

どちらかというと、治安当局によって問題視されたのは、天皇の官公吏が運営している公立図書館より、民間人が経営している私立図書館であったことは疑うべくもない。
昭和三(1928)年の全国図書館大会で「検閲強化」をすすめたのは、県立図書館を主とする公立図書館長たちであり、これに反対の口火を切ったのは、東京六行会経営の私立図書館であった。(後述)
思想善導にますます傾斜していく公立図書館に期待をもたなくなった民衆が、やがて「プロレタリア図書館」のように、自己の図書館をつくっていくことは、当然のなりゆきであった。戦時体制にむけての文化統制の一環として、中央図書館制度とあわせて私立図書館を認可制にした理由も、ここにあると考えざるを得ない。
改正図書館令第十四条は、私立図書館に対し、「私立学校令第一条、第三条、第七条及第十条乃至第十二条の規定を準用すること」を規定した。この結果、館長の任命は監督官庁の認可をうけなければならなくなり(第三条)、また監督官庁が館長を不適当と認めたときは、解職を命じ、また認可を取消すことができることになった(第七条)。また図書館閉鎖の要件のひとつに「監督官庁ノ命令ニ違反シタルトキ」や「安寧秩序ヲ紊乱シ又ハ風俗ヲ壊乱スルノ虞アルトキ」という条項があった(第十条)。
私立図書館に対する監督官庁の権限強化、統制強化により、私立図書館の経営の、自由は著しく困難になり、国民の知的自由はこの面からも閉ざされた。
(『戦争と図書館』P.40-41)

第二十二回図書館大会は京都で開催されたが、この大会に対して文部大臣から「輓近我ガ国ニ於ケル思想ノ趨向ニ鑑ミ図書館ニ於テ特ニ留意スベキ事項如何」という諮問がおこなわれた。
このような諮問が行われた理由を、当時の文部省社会教育課長の小尾範治は大会でつぎのように説明したといわれる。

「最近思想問題に起因する不詳事件──殊に共産党事件の発生は、本問題が我が国にとって益々重要な問題であることを考えさしめるものである。共産主義思想は、いふまでもなく我が国の国体を危くし、社会生活を乱すものであるから、国民に於ては、かかる思想に対して出来得る限りの防止を計る必要がある。……すべて思想の宣伝には、書籍その他の印刷物が重要な役務を果すものであるから、思想と出版物の関係は等閑視することができない。……我国現代の状態に於て、危険思想宣伝の傾向ある場合には民衆の教育上、思想に関する書籍を閲覧せしむること、その他の施設に就いて、図書館が適当なる方法を如何に講ずべきかを御諮りした次第である」
この諮問に対して、大会は、答申案起草委員会を設け、つぎのような案を、大会三日目に報告した。

答 申 案

輓近我ガ国ニ於ケル思想ノ趨向ニ鑑ミ図書館ニ於テ留意スベキ事項多々アリト雖モ左記事項ヲ以テ特ニ緊要ナルモノト認ム

一、各図書館又ハ各地図書館協力シテ国民思想善導上必要ナル良書ヲ選定シ之カ閲読ヲ一層奨励スルコト
良書選定ノ趣旨ヲ貫徹スル為メ文部省又ハ日本図書館協会ニ権威アル良書選定委員会ヲ設ケ其選定ニ係ル良書ヲ全国的ニ周知セシムルコト 良書閲読ニ就テハ単ニ図書館ニ於ケル指導ニ止ラス進ンテ目録・館報ノ頒布、新聞・雑誌・ラジオ等ノ利用ニヨリ若シクハ講演会、展覧会等ヲ開催シ又学校、青年団其他各種団体ト提携シ極力之カ普及ニ力ムルコト
二、各図書館ニ於テハ思想風教上害アリト認ムル図書ハ極力之ヲ排除スルコト近来ノ出版物ニハ思想風教上有害ト認ムヘキモノ尠カラス仍テ将来其検閲ヲ一層密ニセラレタキコト
右答申侯也

検閲論争

大会三日目、今沢慈海起草委員長が案を朗読し、質疑に入るや、俄然各所から質問・意見が出された。とくに、検閲強化をめぐって、財団法人六行会経営の品川図書館長村林彦之氏は、「……二の最後の項〔検閲〕は削除したいと思ふ。即ち図書選択の標準は、各自の図書館で決めればよいし、特にそのことを答申案に入れれば、図書の選択を図書館員に重大視せしむるであろう。現在内務省の検閲が厳格すぎると問題になっている時、この二の最後の項を文部省の答申に入れるということは、容易ならぬ重大事である。故にこれは削除して貰いたい」と発言した。
奈良県立図書館の司書仲川明氏も、つぎのように不満を表明する。「『輓近の我国の思想』という以上、この答申案は不満である。思想悪化の原因は、いうまでもなく社会の不公正・不合理にあることに留意すべきである。我々指導者は各自の立場から思想善導に努力するが、又社会の施設を改善せしむることも重要と思う。図書館について言えば、その目的は教育の機会均等にあるから、その点に留意すべきである。即ち、現在の教育は、有産階級にのみ許されている状態であるから、我々はもっと教育の普及について考慮すべきである。本日の答申案は質ばかりが問題とされているが、自分は質よりも量に重きを置きたい。それ故もっと多くの民衆を図書館に親しませ、教育の進歩を図るために、図書館の普及に努力すべきだと思う」。また、千葉県図書館司書片岡小五郎氏は、起草委員が公共図書館側からのみ選ばれていることに問題ありとし、「学校図書館側〔戦前の図書館は大学図書館を含んでいた〕と両方より起草委員を選定せられて答申案を作って欲しかった」と残念の意志を表明し、「この際、学校図書館側の人は意見を述べて貰いたい」と水をむけたが、学校側の反応はなかった。
さらに、東京市政調査会書記弥吉光長氏は、「文化史的立場」を強調して、つぎのように述べる。「第一項は賛成であるが、第二項は、出版物はすべて文化史的立場より、これを保存すべきである。公共図書館に不必要有害なものでも、特殊な図書館にはこれを保存しておきたい。故に排除ということは、閲覧を制限することに改めたいと思う。又第二の最後の項は、削除するを至当と思う」。
これらの意見に対し「原案賛成」「議事進行」「委員に再議」「答申案の決定を明日まで延期せよ」などの意見が続出したあと、石川県立図書館長中田邦造氏が「良書悪書という価値判断の主観に対して、疑をもつ。図書は一時的のものではない。後世に迷惑の及ばないよう第二の最後の項を削除すべきである。又出版物に対して、厳格な制限をすることも、災害を将来に遺すものと思われるから、価値判断の標準が明瞭になるまで、第二項全体の決議は避くべきであろう」と述べ、また熊本県立図書館長大島弘公氏が、「良書選定委員会の設置実現は疑問であるから、良書を全国に周知せしめろというだけでよい。又『排除』というのは不適当であるから、不良書は採用しないという程度にしたい。第二の最後は削除すべきである」と述べたのを受けて、結局、何らかの修正を加えたうえで再提出されることになった。(『戦争と図書館』P.53-56)

 

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